大判例

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札幌高等裁判所 昭和40年(ネ)23号 判決 1967年3月23日

控訴人

札幌拓殖倉庫株式会社

右代表者

池田一郎

右訴訟代理人

岩沢誠

藤井正章

橘精三

控訴人補助参加人

増本製茶株式会社

右代表者管財人

藤田光則

被控訴人

品田治吉

右訴訟代理人

林信一

主文

原判決主文第一項を取り消す。

被控訴人の前項において取り消した部分の請求および予備的請求を棄却する。

控訴人と被控訴人間に生じた訴訟費用および参加によつて生じた訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。控訴人と被控訴人間に生じた訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の陳述は、左記のほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴代理人は後記控訴人の主張に対し次のとおり述べた。

一  控訴人主張一のうちその主張の商慣習の存在および本件倉荷証券の発行が増本製茶株式会社の詐欺行為に基因するものであるこことはいずれも否認する。

二  同二の主張事実中本件倉荷証券に控訴人主張のとおりの倉庫証券約款が記載されていることは認めるが、その余の事実はすべて争う。被控訴人は、本件(甲)証券を控訴人主張の届出更正債権とは別個の補助参加人増本製茶株式会社に対する手形金債権の譲渡担保として取得し、本件(乙)証券を訴外富士殖産株式会社から買い受けたものである。また、右約款にいわゆる「損害額」が受寄物の価額を指すことは明らかであつて、被控訴人は倉荷証券の所持人として証券に表示された物件の引渡しを受け得ないこと自体によつて被つた寄託物の価額相当の損害の賠償を求めているのである。

三  後記控訴人主張の倉数料合計額が四万五〇三四円であることは知らない。

控訴代理人は次のとおり述べた。

一  控訴人の免責さるべき事由を次のとおり追加主張する。

(一)  本件倉庫寄託の目的物である茶箱は、蓋と本件との間をかすがいで打ちつけ茶箱専用の封印紙で密封されていたのであるから、倉庫業者が内容検査のため開封すると原形に復元することはまつたく不可能であり、しかも、緑茶は茶箱の蓋を開放することによつて湿気、香りなどの点で変質を免れないばかりでなく、緑茶業界では、産地直送の茶箱を開封した痕跡があると品等の異つた茶を混合したものとの疑を生じ、茶箱の表示どおりの品質として取引することが困難になり商品価値を低下させるから、茶箱は本件倉荷証券に記載された倉庫証券約款第三条にいわゆる内容を検査することが不適当な受寄物に該当し、控訴人は右約款によつて品物違いについての責任を負わないものである。

(二)  我国の倉庫業界においては、倉庫証券の発券にあたつて、外見上証券記載の品目が容易に認識される物品を除き、その他の物品については特に検査をしない商慣習が存在する。被控訴人は、従来被挫訴人自身の名において控訴人に茶箱を寄託したときに一度も検査を要求したことはないから、本件においても右商慣習に従う意思を有していたものであり、したがつて、被控訴人は茶箱を検査しなかつたことによる損害の賠償を請求することはできない。

(三)  本件は、増本製茶株式会社において、金融を得る目的のため、かねて控訴人に大量の茶箱を継続反覆して寄託し、かつ倉荷証券の発行を受けていたのを奇貨とし、外装と重量だけをこれまでの茶箱と同様新品の茶がつめてあるようにみせかけて中味に無価値な茶や紙袋等を入れた茶箱を寄託したもので、当初から仕組まれた詐欺行為であり、このような場合にまで倉庫業者が証券の文言責任を負ういわれはなく、控訴人は免責されるべきである。

二  被控訴人の本訴請求は次の点においても理由がない。すなわち、本件倉荷証券記載の倉庫証券約款第五条には「受寄物の損害に対する会社の損害賠償金額は、火災保険金額又は寄託申込価格を限度とし、損害の発生又は発見時の価格により損害の程度に応じてこれを算定する。」とあり、右は控訴人が負担すべき賠償額は、証券所持人の被つた実損害であることを定めたものである。

(一)  被挫訴人は金融業者であつて、本件倉荷証券に表示された寄託物を債権の担保として取得したものであるから、右被担保債権を基準として損害額を算定すべきところ、すでに右被担保債権は全部消滅しているから被控訴人の実損害は皆無である。すなわち、被控訴人は更生会社となつた増本製茶株式会社に対してなんら更生債権または更生担保権の届出をしていないし、仮りに被控訴人が代表取締役である訴外品田商事株式会社の届け出た更生債権中に被控訴人個人の債権が包含されているとしても、右届出更生債権はすべて昭和三三年六月一日以降に発生した手形金債権およびこれに対する遅延損害金債権であつて、被控訴人が本件倉荷証券を取得した昭和三二年一〇月二六日当時に存在した被担保債権がすでに全部消滅していることは明らかである。

(二)  仮りに右主張が認められないとしても、被控訴人が増本製茶株式会社に届け出た更正債権は総額三七四万九七〇円で、これに対する認可された更生計画に基づく処理は、株式充当額三七万四〇〇〇円、弁済計画額一八七万五二八円、免除額一四九万六三八八円であるから、被控訴人の被つた実損害は右免除額を超えるものではない。

三  かりに控訴人において損害賠償の責任を免れないとすれば、本件倉荷証券の目的である茶箱の倉敷料は、証券所持人である被控訴人において負担すべきところ、被控訴人の申出によつて内容を検査した昭和三三年五月末日までの倉敷料は合計四万五〇三四円であるから、控訴人は被控訴人に対し、昭和四一年一二月六日の当審第九回口頭弁論期日において、右倉敷料債権をもつて被控訴人主張の損害賠償債権と対当額につき相殺の意思表示をする。

証拠<省略>

理由

(主たる請求について)

一控訴人が倉庫営業者であること、控訴人が補助参加人増本製茶株式会社から物品の寄託を受け、その請求により原判決添付目録記載(甲)(乙)の倉荷証券二通をその記載の作成年月日にそれぞれ発行したこと、被控訴人が(甲)の倉荷証券を昭和三二年一〇月二六日増本製茶株式会社から裏書を受けて取得し、(乙)の倉荷証券については、増本製茶株式会社から訴外品田商事株式会社へ、同会社から訴外富士殖産株式会社へ、昭和三三年四月一日、同会社から被控訴人へ順次裏書されて被控訴人が取得し、被控訴人は現に右各証券を所持していることはいずれも当事者間に争いがない。

二<省略―証拠>を総合すると、昭和三三年三、四月頃、被控訴人から本件寄託物件である茶箱の中味を調べたいとの申出があり、保管場所である控訴人倉庫において控訴会社の取締役藤沢理一郎らが立会つてその内容を検査したところ、本件(甲)(乙)の倉荷証券表示の受寄物として現実に寄託された物品の内容は、(イ)全部煎茶粉一〇貫目入りのもの五箱、(ロ)全部煎茶一〇貫目入りのもの四箱、(ハ)茶袋をつめた上に番茶粉を薄くかぶせてあるもの二九箱、(ニ)茶袋をつめた上に煎茶を薄くかぶせてあるもの一箱、(ホ)全部茶袋類をつめてあるもの二一箱であつて、前示(甲)の倉荷証券に表示された物品(木函入緑茶三〇箱、内熊切茶一一、五貫入一五個、川根一二貫入一五個昭和三二年度産)および(乙)の倉荷証券に表示された物品(木函入緑茶三〇個、昭和三二年度産)とはその内容が全然異なるものであつたことが認められ他に右認定を覆すべき根拠はない。

倉荷証券は既存の具体的な倉庫寄託契約に基づく寄託物返還請求権を表彰するものであつて、倉荷証券の発行によつて原因関係上の権利とは別個の証券上の権利が新たに発生するわけではないけれども、商法第六二七条、第六〇二条によれば倉荷証券を作つた場合には寄託に関する事項は倉庫営業者と所持人との間においては、その証券の定めるところに依るのであるから、倉庫営業者は、証券記載の寄託品と実際に受け取つた寄託品とが相違している場合でも他に特段の事由のない限り、証券の所持人に対しては右品物違いの事実を対抗することができず、証券記載どおりの寄託品を引き渡す義務を負わなければならないものである。しかして、右認定の事実によると、控訴人は、(甲)(乙)の各倉荷証券の所持人である被控訴人に対して、右証券に表示されたとおりの寄託品を返還する義務を負うべきところ、右義務の履行は不能になつたものといわざるを得ない。

三控訴人は本件(甲)(乙)の倉荷証券には、内容検査不適当の受寄物については種類、品質および数量を記載して責任を負わない旨の約款があり、本件受寄物である茶箱は右の内容検査不適当物に該当するから品物の相違による損害賠償の責任を負わないと主張するので判断する。

<省略>によると、本件(甲)(乙)の倉荷証券の裏面には、いずれも倉庫証券約款として第三条に「受寄物の内容を検査することが不適当なものについてはその種類、品質および数量を記載しても、当会社はその責に任じない。との定めが記載されていることが認められる。

商法第六二七条、第五九九条は倉荷証券に記載すべき事項を決定しているが、右法定以外の事項を記載した場合であつても、前述のように倉荷証券は寄託者と倉庫営業者間になされた寄託契約を基礎とする要因証券であるから、右契約における具体的な特約が合理的なものであり、且つその記載が倉荷証券の本質に反しないものであるかぎりこれを証券に表彰することを妨げないものと解すべきである。そこで、本件倉荷証券に表彰された「内容検査不適当の寄託物については種類、品質および数量を記載しても責任を負わない」旨の約款の効力について考えるに、倉庫営業者が受寄物について倉荷証券を作るには一応受寄物を点検してこれに関し証券に真実の記載をしなければならないことはもちろんであるが、包装された受寄物に在つては、荷造りの性質上その内容を容易に知り得ないものもあり、また品物によつては一度荷造りを開披するときはその品質に影響を生じ若しくは価格を減少する虞のあるものもあるのであつて、迅速主義の要請される経営のもとで、しかも短時間に多数の寄託者から多種多様の貨物を受取り倉荷証券を作成する倉庫営業者に対し右のような受寄物につきその責任においていちいち正確な検査を要求することは実情に適せず且つ難きを強いるものといわねばならず、特に倉庫営業者に対し受寄物を検査する義務を課した規定も存しないのであるから、右のような免責の特約は合理的な根拠を有するものとして有効と解するを相当とする。しかしながら右約款にいう内容を検査することが不適当な受寄物であるかどうかは取引の通念によつて決すべきものであつて、証券に表示された荷造の方法、受寄物の種類により、その内容を検査することが容易でなく、又は荷造りを解いて内容を検査することにより品質又は価格に影響を及ぼすことが一般取引の通念に照らして明かな場合にかぎり倉庫営業者は右証券に表彰された約款を援用して証券の所持人に対する文言責任を免れることができるものと解するのが相当である。このように解すれば右証券によつて取引せんとする者はその表示の受寄物が取引の通念に照らし検査不相当なものであるかどうかを容易に知り得るし、商法第六一六条所定の検査又は見本摘出の措置を採ることができるのであるから必しも同法六〇二条の法意に反し取引の安全を阻害することにはならないものと解する。よつて進んで本件寄託物である木箱入緑茶が右約款第三条にいわゆる検査不適当物にあたるか否かについて検討する。

<証拠―省略>を総合すると次の各事実を認めることができる。

(一)  本件(甲)(乙)の倉荷証券には寄託物の荷造として「木函入」と記載されているが(この点は当事者間に争いがない)、右木函はいわゆる茶箱であつてその容器は木製で箱の蓋と本体の内側には湿気防止の錫箔が張りつめてあり、蓋と本体との各面の境目には特殊なかすがい釘が一本ないし二本づつ打ちつけられ、その上に製茶業者のみが用いる茶箱専用の緑色縞模様の封印紙を張りまわして密封されており、箱の側面にはそれぞれ「品名熊切園、正味一一貫五百匁、本数一五個口、静岡県稲葉村堀之内稲葉農業協同組合、増本製茶株式会社御店入」、「川根印正味一二貫目一五個口、川根農業協同組合、増本御店入」、「入目正味一〇貫目、製茶問屋産案株式会社、静岡市安西五丁目七番地、増本製茶御店入」と記載された「入日記」と題する紙片または「正味一〇貫入、静岡市茶町一丁目、製茶問屋永野商店、増本製茶株式会社殿御店入」と記載された「銘茶入日記」と題する紙片が貼付され、まつたく表示のないものは一箱のみであり、いずれも増本製茶株式会社の使用人によつて搬入されたもので、重量あるいは荷造の外装上異常なところはなかつたこと、

(二)  また本件受寄物の種類は証券上いずれも緑茶と表示されているところ、緑茶は湿気を極度にきらい、一度外気に触れると保管しているうちに香りを失つて変質し易いばかりでなく、製茶業者が産地から直送した茶箱が、御商または小売商の手に入るまでの途中において開封され、または開封された痕跡があると、品等の異つた茶を混合したものとの疑を生じ、茶箱の表示どおりの品質として取引することが困難になり、商品価値が低下すること、

以上の各事実が認められ、<排斥証拠省略>。

右認定の事実によると、本件寄託の目的物である茶箱は、物理的には封印を破りかすがいを外せば容易に蓋を開放できるとしても、湿気等を避けるために特別の装置がしてあり、一度開披するとそれによつて中味の緑茶の品質を毀損するおそれがあるばかりでなく、右封印紙は製茶業者のみが用いる茶箱専用のものであつて、倉庫業者としては、茶箱をいつたん開披すると原形の封印された状態に復元することは困難であるため、開封した痕跡が残つて商品価値を低下させることになり、しかも、本件緑茶は産地直送のものであることが茶箱上の表示により明らかであつたのであるから、本件の茶箱入緑茶はその荷造り及び品物の種類からみて一般取引の通念上内容を検査することが不適当なものと解するを相当とし、上記倉庫証券約款第三条にいわゆる「内容を検査することが不適当なもの」にあたると解するのが相当である。従つて倉庫営業者である控訴人が実際に寄託された物品の品質、内容を知つていたような特段の事情の認められない本件では控訴人は右証券に記載された免責約款を援用することにより、被控訴人に対し上記の商法第六二七条、第六〇二条による文言担保責任を免れることができるものといわなければならない。

そうすると、被控訴人の主たる請求はその余の争点について判断するまでもなく失当として排斥を免れない。

(予備的請求について)

被控訴人は、控訴人は受寄物の内容を検査すべき注意義務を怠つた過失により品物違いの本件倉荷証券を発行したため、右証券表示どおりの物品の引渡しを受けられるものと誤信して右証券を取得した被控訴人に対し証券表示の物品の価格合計一、九一三、六二五円と実際に寄託された物品の価格三八、〇〇〇円との差額金一、八七五、六二五円相当の損害を被らせたものであるから、右不法行為に因る損害を賠償する義務があると主張するので判断する。

本件(甲)(乙)の倉荷証券に表示された受寄物と控訴人が現に寄託を受けた物品とが相違していたことは上記認定のとおりであり、当時における控訴人代表者池田一郎尋問の結果によると、控訴人は右倉荷証券の発行に際して受寄物である茶箱の内容を検査しなかつたことは認められるのが、本件の全証拠によつても、本件倉荷証券の発行について、控訴人に不法行為の責を負うべき注意義務の懈怠があつたものと認めることはできない。

すなわち、本件寄託の目的物である茶箱が内容検査に不適当な受寄物に該当するものと認むべきことは上記認定のとおりであり、また、<証拠―省略>を総合すると、(一)控訴人は昭和二三年頃を最初として増本製茶株式会社から茶箱の寄託を受付け、一時中断後昭和三一年から再び継続して寄託を受けていたが、その間昭和二三年から昭和二四年までの間に控訴人が寄託を受けた茶箱数は約二四〇個に上り、これについて倉荷証券を発行し、その後も再三倉荷証券を発行し、昭和三二年度だけについてみても、本件の物件を受寄した昭和三二年九月三〇日以前において増本製茶株式会社から合計一三一個の茶箱の寄託を受けて五通の倉荷証券を発行したが、いずれも問題を生ずることなく証券を回収したこと、(二)控訴人は、右倉荷証券の発行に際して茶箱の蓋を開放して内容検査をしたことはなかつたが、本件の茶箱も従来の受寄物と同様の荷造のものであつたこと、の諸事実が認められるのであつて、右認定の事実によると、控訴人が本件倉荷証券の発行にあたり内容検査を行なわなかつたことをもつて善良なる管理者の注意義務を怠つた過失があるものということはできない。

そうすると、被控訴人の予備的請求もその余の争点について判断するまでもなく失当として排斥を免れない。

(結論)

以上の次第で、被控訴人の右各請求はいずれも棄却すべきものであるから、原判決中右と判断を異にし、被控訴人の主たる請求の一部を認容した部分は失当で本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により原判決主文第一項を取り消し、右取り消した部分の被控訴人の請求及び予備的請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。(杉山孝 田中恒朗 島田礼介)

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